東京地方裁判所 平成11年(ワ)29234号 判決 2000年12月21日
原告
株式会社虎屋
右代表者代表取締役
A
右原告訴訟代理人弁護士
長島安治
同
梅澤拓
同
中島菜子
被告
株式会社黒川商事
(旧商号 株式会社虎屋黒川)
右代表者代表取締役
B
主文
一 被告は、その営業上の施設又は活動に、「虎屋」及び「虎屋黒川」の表示を使用してはならない。
二 被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成一二年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
五 この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
一 主文一、二及び五項同旨
二 被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成一二年二月三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
第二事案の概要
本件は、「虎屋」及び「虎屋黒川」の営業表示を使用する原告が、これらと同一ないし類似する表示を使用する被告に対し、被告の右表示の使用行為が不正競争防止法二条一項一号、二号所定の不正競争行為に該当するとして、右表示の使用の差止め及び損害賠償を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
原告は、昭和二二年五月二四日に設立され、各種菓子及びパン類の製造販売並びに輸出、栄養食品の製造並びに販売、瓶詰及び缶詰食品の製造並びに販売、喫茶店営業、貸室業等を事業目的とする株式会社であり、主に一般消費者を対象として羊羹、最中等の和菓子類を製造し、これを全国の営業所を通じて需要者たる一般消費者に向けて販売している。
被告は、本訴提起時における商号を「株式会社虎屋黒川」といい(なお、原告は、本訴において当初この商号の抹消登記手続をも求めていたが、被告が商号変更したため、この請求は取り下げられた。)、羊羹食品の製造及び販売(本訴提起時)、貴金属宝石等装身具の販売、繊維衣料品及び皮革製品の販売、美容マッサージの経営等を事業目的とする株式会社である。
原告と被告との間には、資本関係、人的交流、過去におけるのれん分けなどの関係はなく、商標の使用許諾契約も存しない。また、原告代表者Aと被告代表者Bとは同じ黒川姓であるが、親族関係にはない。
2 原告の営業表示
(一) 原告は、昭和二二年五月二四日、本店を東京都内に置き、その商号を虎屋商工株式会社として東京法務局において設立登記し、昭和二三年、株式会社虎屋に商号変更登記し、以降現在に至るまで右商号を用いて営業している。原告は、その前身である菓子舗が室町時代末期(約四五〇年前)に創業して以来、「虎屋」の屋号を使用している。
(二) 原告は、明治二年以来、「虎屋黒川」を原告の営業を表す名称として用いている。その使用形態は、例えば、原告の代表的商品である竹皮包羊羹について、「御菓子司 虎屋黒川」との表示のある所番(ところばん。商品の出所を示す札)をその包装の一部として用いており、また、その製造販売に係る商品を入れる手提げ袋に「虎屋黒川」の表示を付している。原告は原告の店舗にも原告の営業であることを示すのれんを掲げているが、のれんには「虎屋黒川」の印が付されている。また、デパートに出店している原告の店舗等には原告の営業であることを示す表札が掲げられており、この表札にも「虎屋黒川」の名が記されている。原告は、一部の社用封筒、しおりの一部、包装紙においてもこの名称を用いている。
(三) 右の「黒川」とは、原告の前身である菓子舗の創業者であり、かつ現在に至るまで代々原告の代表者を務める黒川一族の姓にちなんだものである。黒川一族では、原告の先々代の代表者であるCが、東京和生菓子商工業協同組合の初代理事長を務めたほか、厚生大臣の職に就いたこともあり、さらに先代のDが二代目同組合理事長を務めたこともある。
このように、原告の「虎屋」及び「虎屋黒川」の各名称は、原告の営業を示すものとして、長年にわたり継続して使用されている。
3 被告の行為
(一) 被告は、昭和六三年五月二〇日、「株式会社香友通商」の商号で、貴金属宝石等装身具の販売、繊維衣料品及び皮革製品の販売等を事業目的とし、本店所在地を東京都杉並区として、設立登記された。
(二) 被告は、平成一一年三月一九日、その商号を「株式会社虎屋黒川」とし、その事業目的中に「羊羹食品の製造及び販売」を加えるなどの変更を行い、右変更を同年五月二五日に登記した(本訴提起後の平成一二年四月一七日、右の事業目的については、被告が申請して抹消の登記をした。商号も、同年一〇月一〇日、現在の商号である「黒川商事」に変更の登記をした。)。また、本店所在地も、平成一一年五月二七日、原告本店のある東京都港区赤坂に変更の登記をしたが、本訴提起後の平成一二年四月一七日、現在の本店所在地である東京都中野区に変更の登記をした。
二 争点
1 被告の行為が不正競争防止法二条一項二号又は一号所定の不正競争行為に該当するか。
2 原告の被った損害
三 当事者の主張
1 原告の主張
(一) 原告表示の著名性ないし周知性
前記争いのない事実記載のとおり、原告の「虎屋」及び「虎屋黒川」の各名称は長年にわたり継続して使用されているうえ、動物の「虎」と屋号を示す「屋」との組合せは極めて独創的で特異であること、また特に「虎屋黒川」の名称については、「虎屋」と創業者一族を示す「黒川」との組合せは特異であることから、いずれの名称も極めて強い自他識別力を有している。しかも、原告の製品は、日本国内において現在同種製品の販売量のうち約二・七五パーセントの市場占有率(量販業者と異なる老舗としては、極めて高率である。)を有することなどの事情も相まって、原告の使用する各名称はいずれも原告の営業を示す高い出所表示機能を有している。
原告はその前身である菓子舗の時代も含め創業以来の数百年に及ぶ長い歴史の中で、日本を代表する羊羹等和菓子の老舗として確固たる地位を築いている。原告は、店舗を全国に展開しており、平成一二年七月一八日現在、赤坂、銀座を初めとする八店の直営店のほか、札幌、大阪など一五都市のデパート・駅ビルに合計六八店を出店し、海外にもパリ、ニューヨークに店舗を設けている。そのほか、喫茶室「虎屋菓寮」を九店設けている。さらに現在においては、全国的に出版される雑誌、新聞を含む各種媒体において、積極的な宣伝広告活動を行っている。インターネット・ホームページをも開設し、多数のアクセスがある。原告は、定期的に和菓子に関する展示会及び講演会を開催し、これには多数の来場者、入場者があるほか、商号にちなんで、野生の虎を保護する基金のために、財団法人世界自然保護基金日本委員会に対し多額の寄附活動を行っている。「虎屋」の名称は「広辞苑」に原告の商号として記載されているほか、多くの文学作品にも登場している。また、天皇・皇后により三権の長以下の要人や各界功績者等を招いて催される毎年春・秋の園遊会のお土産として、原告はその商品を納入している。
さらに、原告及びその商品が確実な定評を得ていることの結果として、マスコミからの取材の申込みを受けることも少なくなく、幅広い分野の雑誌等に取り上げられている。原告が行った、関東地方の消費者に対する市場調査において、調査対象者一〇〇名中約九六名が「虎屋黒川」を知っているとの結果が出されている。
したがって、原告の「虎屋」及び「虎屋黒川」の各名称は、遅くとも被告が商号を「株式会社香友通商」から「株式会社虎屋黒川」に変更登記をした平成一一年五月二五日の時点までには、全国の消費者の間で著名性又は少なくとも周知性を備えるに至っていた。
(二) 被告の不正競争行為
(1) 被告の本訴提起時の商号は「株式会社虎屋黒川」であり、原告の名称である「虎屋」とは、自他識別力を有する主要部分である「虎屋」の部分が共通であり、「黒川」を付したとしても、類似している。
被告の右商号のうち、「株式会社」の部分には自他識別力がないから、原告の名称である「虎屋黒川」とその要部が同一であり、類似している。
前記のとおり、原告の各名称は、いずれも著名性を有しているから、これと類似する商号を用いる被告の行為は、不正競争防止法二条一項二号所定の不正競争行為に該当する。
(2) 仮に、原告の各名称が著名性を有しているとまでは認められないとしても、右各名称は少なくとも周知性を有していることが明らかである。すなわち、原告は、前述のように、その代表的商品である竹皮包羊羹の所番、手提げ袋、のれん、店舗等表札、各製品、社用封筒、しおりの一部、包装紙等、その営業活動の様々な場面において、「虎屋」のみならず「虎屋黒川」の名称を広く用いていることから、これらの各表示によって、消費者の間で、「虎屋」及び「虎屋黒川」の名称が原告又は原告の営業を示すものとして認識されている。
(3) そして、右(1)に述べたように、被告の右商号は、原告の各名称と同一ないし類似することから、需要者たる一般消費者が被告の商号及び事業目的を見たとき、原告と被告とを混同するおそれがある。
加えて、原告にとっては、本店を赤坂に置いている点及び羊羹をその主力商品として販売しているという点も、原告の営業における重要な特徴となっている。この点、被告は、平成一一年五月二七日、原告本店のある東京都港区赤坂の、同【<以下略>】に本店変更の登記をしたのみならず、前記争いのない事実記載のとおり、その事業目的に「羊羹食品の製造及び販売」を追加したものである。右行為は、積極的に原告の営業と被告の営業とを誤認混同させ、又は両社に何らかの資本関係、協力関係があるとの混同を生じさせ、原告の信用にただ乗りして被告の信用を高めることを目的とするものであることは明らかで、右の行為によって、消費者が被告の営業と原告の営業と混同するおそれがますます強まった。実際、被告が本店の登記を移転してからは、消費者が両者の間に混同を生じ、原告に対し、被告との関係について問い合わせをしてきた例がある。
(4) 被告代表者は、原告代表者と同じ黒川姓であるところ、従前より、原告及び原告代表者を含む原告創業者一族と関係があると誤認させるような言動を繰り返し行っている。すなわち、被告代表者は、平成七年一〇月ころ、東京新宿北ライオンズクラブに入会し、その約六か月後から、「虎屋の社長は死んで、今はその妻が店を切り盛りしている。」「自分は虎屋の社長の次女の夫で、来年からは社長になる予定である。」「高価な絵が蔵に沢山ある。北海道に土地も有しており、これらは虎屋の先祖代々のものである。」など、自らを原告の社長になる人間であると吹聴し、また、挨拶代わりと称して、原告の製品である杉箱入大棹羊羹を、会員に対して一本ずつ配布したり、同クラブの行事のたびに、右羊羹を無料で配布するなどの言動を繰り返した。
このような被告代表者の言動は、被告の営業主体と原告の営業主体とを意図的に混同させる行為である。
(5) 本訴提起後、被告は、事業目的から「羊羹食品の製造及び販売」を削除し、本店所在地を東京都港区赤坂【<以下略>】から現在の本店所在地である東京都中野区に変更する登記をしたが、これによってもなお混同のおそれがなくなったと評価することはできない。
すなわち、被告の現在の本店所在地である東京都中野区は以前の東京都港区と同じ東京都二三区内であり、地理的にも近接しているものであり、誤認混同のおそれが弱まったと評価することはできない。
(6) また、被告による事業目的の変更については、不正競争防止法二条一項一号にいう「混同を生じさせる行為」は、自己と他人を同一営業主体と誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するというのが判例である。
原告には、グループ企業として、株式会社虎玄(本店【東京都中央区<以下略>】)及び株式会社ヒロ・エンタープライズ(本店【東京都中央区<以下略>】)が存在する。虎玄は、原告の完全子会社であり、不動産の賃貸及び管理、食料品の売買及び輸出入、美術工芸品の売買及び輸出入、飲食店の営業等を事業目的とし、ヒロ・エンタープライズは、虎玄の完全子会社であり、飲食店の営業、食料品の売買及び輸出入、美術・工芸品の売買及び輸出入等を事業目的としている。これらの事業目的のうち、「美術・工芸品の売買及び輸出入」は、被告の事業目的中の「貴金属宝石等装身具の販売」と実質的に重なっている。
また、被告代表者が代表取締役に就任している株式会社虎屋黒川建設は「不動産の売買」をその事業目的の一つとしており、不動産を扱う業務であるという点で、虎玄及びヒロ・エンタープライズの事業目的の一つである「不動産の賃貸及び管理等」と重なっている。
このように、原告又は原告グループ企業の営業と、被告又は被告グループ企業の営業との間には重なる部分があり、その結果、事情を知らない第三者が、被告の商号及び事業目的から、被告の営業を原告又は原告のグループ企業の営業と誤認混同する可能性は極めて高い。
したがって、本件においても、一般消費者が被告会社を見るとき、原告がその老舗の集客力を生かして、貴金属の販売又は毛皮製品の販売等の事業運営のための子会社を設立したものと誤認するおそれが強い。このことからすれば、被告が、事業目的から「羊羹食品の製造及び販売」を削除しても、事情に変化はないのであって、被告の事業目的の変更の登記申請行為により混同のおそれが消滅したということはできない。
(三) 営業上の利益の侵害等
右によれば、被告が被告商号を使用する行為は、原告の営業の機会を奪い、原告の知名度を利用して被告の営業を行うことにより顧客の信用を低下させるなど原告の営業の利益を侵害するものである。したがって、被告が被告商号の使用を継続することで、原告は営業上の利益を害されている。
前記のとおり、被告の行為は、不正競争防止法二条一項二号又は少なくとも同項一号に該当するので、原告は、同法三条により被告表示たる商号を営業上の施設及び活動に使用することの差止めを求める。
(四) 被告の不正競争行為による損害の発生
(1) 被告の故意、過失
被告代表者は、被告の商号変更登記及び本店移転の登記の時点より以前に、原告にたびたび接触した経緯があり、原告が自己の営業を示す表示として「虎屋」及び「虎屋黒川」を使用していることを以前より知っており、本件不正競争行為をなすにつき、故意又は過失がある。
(2) 原告の損害
原告は、被告の不正競争行為により、以下の営業上の損失を被り、あるいは費用を支出した。
ア 信用毀損による損害 一〇〇万円
原告は、平成二年五月二八日ころから、「被告代表者のB氏に融資したが返済されない。同氏は虎屋の三男と称していた。」「御社の関係者であるB氏に金銭を騙し取られた。」など、被告又は被告代表者の行為等による苦情及び原告又は原告代表者と被告又は被告代表者の関係についての問い合わせを受けており、これらの事実は、原告の社会的信用が著しく損なわれていることを示している。
イ 弁護士費用 一〇〇万円
原告は、右信用毀損をこれ以上拡大しないために、平成一一年七月二六日から訴訟代理人に相談し、内容証明郵便により商号の抹消を求めたが、何の返答もないため、やむを得ず本訴を提起した。本訴の追行に要した弁護士費用は、実費を除く弁護士報酬のみで、右金額をはるかに超えている。よって原告は、不正競争防止法四条により、被告に対し、右損害の賠償を求める。
2 被告の主張
(一) 混同のおそれの不存在
前記争いのない事実記載のとおり、被告は、①事業目的のうち「羊羹食品の製造及び販売」を削除し、②本店所在地を東京都港区赤坂【<以下略>】から現在の本店所在地である東京都中野区に変更の登記をした。この結果、原告と被告とでは、もともと会社の規模に顕著な差異がある上、さらに被告において右のような変更の登記を行ったことによって、業種、営業内容に共通部分がなくなったから、消費者において両社の営業を混同するおそれはなくなった。
(二) 原告の使用する名称の著名性、周知性及び被告の商号と原告の名称の類似性については争う。また、被告の故意、過失については否認し、原告の損害については争う。
第三当裁判所の判断
一 争点1(被告の行為が不正競争防止法二条一項二号又は一号所定の不正競争行為に該当するか。)について
1 原告の商品等表示の著名性又は周知性
前記の当事者間に争いのない事実に、証拠(甲二の三ないし一〇、甲七の二、甲一六、一七の一ないし三、甲一八の一及び二、甲一九、二〇の一ないし二六、甲二一、二五の一ないし三、甲二六ないし二八、二九の一ないし三、甲三一の一、甲三二ないし三四、三五の一及び二、甲三七、三八、四〇の一ないし六、甲四一)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、その前身である菓子舗が室町時代末期に京都において創業し、その後、明治初期に東京遷都に伴って東京都に本店を移転したものであるが、昭和二二年五月二四日、本店を東京都内に置き、その商号を虎屋商工株式会社として東京法務局において設立登記し、昭和二三年、株式会社虎屋に商号変更登記し、以降現在に至るまで右商号を用いて営業している。原告は、前身の菓子舗の創業以来、「虎屋」の屋号を使用している。
(二) 原告は、明治二年以来、「虎屋黒川」を原告の営業を示す表示として用いている。その使用形態は、例えば、原告の代表的商品である竹皮包羊羹の包装の一部、その製造販売に係る商品を入れる手提げ袋、一部の社用封筒、しおりの一部、包装紙などに、「御菓子司 虎屋黒川」及び「虎屋黒川」の表示を付している。原告の各店舗には、原告の営業であることを示す「虎屋黒川」の印が付されているのれんが掲げられている。また、デパートに出店している原告の店舗にも、原告の営業であることを示すのれんや表札が掲げられており、これらにも「虎屋黒川」の名が記されている。
(三) 原告は、店舗を全国に展開しており、平成一二年七月一八日現在、赤坂、銀座を初めとする八店の直営店のほか、札幌、大阪など一五都市のデパート・駅ビルに合計六八店を出店し、海外にもパリ、ニューヨークに店舗を設けている。そのほか、喫茶室「虎屋菓寮」を国内外に九店設けている。インターネット・ホームページをも開設し、多数のアクセスがある。また、定期的に和菓子に関する展示会及び講演会を開催しており、これにも多数の来場者、入場者がある。「広辞苑」において「虎屋」の語について原告の名称として説明されているほか、原告の「虎屋」の名称は、少なからぬ文学作品に登場している。原告は、全国的に出版される雑誌、新聞を含む各種媒体において、「虎屋」及び「虎屋黒川」の名称を用いて、積極的な宣伝広告活動を行っている。さらに、原告及びその商品は、「虎屋」及び「虎屋黒川」の名称と共に幅広い分野の雑誌等の記事において採り上げられている。
右認定事実を総合すれば、原告は創業以来の長い歴史を経て日本を代表する和菓子の老舗となっているものであり、原告が自己の営業を示すものとして用いている表示である「虎屋」及び「虎屋黒川」は、平成一一年五月二五日の時点では、和菓子を中心とする食品の製造・販売の分野において著名であったと認められる。
2 原告の営業表示と被告の営業表示との類否等
被告使用の営業表示については、次の事実が、当事者間に争いがない。
(一) 被告は、もともと「株式会社香友通商」との商号を用いていたが、平成一一年三月一九日、その商号を「株式会社虎屋黒川」とし、その事業目的中に「羊羹食品の製造及び販売」を加えるなどの変更を行い、右変更を同年五月二五日に登記し、また、その本店所在地についても、同月二七日、原告本店のある東京都港区赤坂に変更の登記をした。
(二) なお、被告は、本訴提起後の平成一二年四月一七日に、本店所在地を東京都中野区に移転し、事業目的から「羊羹食品の製造及び販売」を抹消する登記をし、さらに同一二年一〇月一〇日には、商号を現在の商号である「黒川商事株式会社」に変更する登記を行っている。
被告が自らの営業表示として用いる商号「株式会社虎屋黒川」を、原告の営業表示である「虎屋」及び「虎屋黒川」と比較すると、被告営業表示は「虎屋」と類似し、「虎屋黒川」と同一というべきである。そうすると、被告の事業目的に「羊羹食品の製造及び販売」が含まれていた平成一一年五月二五日から同一二年四月一七日までの間、被告が商号として「株式会社虎屋黒川」を用いた行為は、和菓子の製造・販売の分野において原告の著名な営業表示と同一又は類似の営業表示を用いたものであるから、不正競争防止法二条一項二号所定の不正競争行為に該当する。
3 混同のおそれの有無等
前記の認定事実に照らせば、原告の営業表示である「虎屋」及び「虎屋黒川」は、和菓子を中心とする食品の製造・販売の分野において著名な営業表示と認められるが、右分野を超えて著名なものであるとまでは認められない。
ところで、不正競争防止法二条一項一号にいう「混同を生じさせる行為」は、自己と他人を同一営業主体と誤信させる行為のみならず、両者の間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる、いわゆる広義の混同を生じさせる行為をも含むものである(最高裁平成七年(オ)第六三七号同一〇年九月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事一八九号八五七頁参照)。
原告の営業表示である「虎屋」及び「虎屋黒川」は、和菓子を中心とする食品の製造・販売の分野において著名性を有するのであるから、右の分野においては、著名性よりも緩やかな要件である周知性を当然に備えているということができる。そうすると、原告の右各営業表示については、食品の製造・販売以外の分野においては、周知表示として、いわゆる広義の混同の観点から、不正競争防止法二条一項一号該当性の有無を判断することになる。すなわち、被告が事業目的から「羊羹食品の製造及び販売」を抹消する登記をした平成一二年四月一七日以降においては、被告の行為が、原告との間に右のような営業上の関係が存すると取引者、需要者に誤信させるものであったとすれば、被告の行為はいわゆる広義の混同を生じさせるものとして、不正競争防止法二条一項一号に該当することになる。
そこで、このような観点から検討するに、証拠(甲四五、四六)によれば、原告と代表者を同じくする株式会社虎玄、株式会社ヒロ・エンタープライズという原告の関連会社が存在することは認められるものの、これらの会社の名称は原告との関連を直ちに想起させるものではなく、原告が、和菓子の製造販売や飲食店の経営を超えて多方面に関連会社を有することが、一般消費者に広く知られていたとまでは認められないから、被告が「株式会社虎屋黒川」の商号を営業表示として用いていたということから直ちにいわゆる広義の混同が生じたとまでは認めるに足りない。
しかしながら、前記の争いのない事実に証拠(甲二四、四一、四四、四七)及び弁論の全趣旨を総合すると、①被告代表者Bは、原告代表者Aと親族関係を有するものではないが、たまたま原告創業者一族と同一の黒川姓であることを利用して、自らの加入していた東京新宿北ライオンズクラブの会員などに対して、「自分は虎屋の三男である。」とか、「自分は原告代表者の次女の夫であり、次期社長になる。」などと公言し、原告の商品である高価な杉箱入の大棹羊羹を多量に配るなどしていたこと、②被告のほかに、被告代表者が同様に代表者を務める虎屋黒川建設株式会社という会社が、東京都中野区における現在の被告本店所在地と同一の地を本店所在地として登記されていたこと、がそれぞれ認められるのであって、これらの事実、殊に被告代表者が自ら原告代表者と親族関係にある旨の虚偽の事実を公言して、被告が原告の関連会社であると誤信させる行為を積極的に行っている点に着目すれば、被告が商号「株式会社虎屋黒川」の商号を自らの営業表示として用いたことは、これらの事実と相まって、取引者、需要者に原告と被告の間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為と認めるのが相当である。
右によれば、被告が事業目的から「羊羹食品の製造及び販売」を抹消する登記をした平成一二年四月一七日以降においても、被告が商号として「株式会社虎屋黒川」を用いた行為は、いわゆる広義の混同を生じさせるものとして、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争行為に該当する。
4 差止請求権の存否
以上によれば、被告は不正競争防止法二条一項一号、二号所定の不正競争行為に該当する行為を行っていたものであるが、被告が殊更原告の代表的商品として著名な「羊羹」の製造販売を事業目的に追加し、本店所在地を原告と共通の東京都港区赤坂に移転したことや被告代表者の前記のような行為に照らすと、商号を変更したとはいっても、被告が今後「虎屋」又は「虎屋黒川」の表示を使用するおそれがあると認められるから、不正競争防止法三条一項に基づき、被告の不正競争行為による侵害の予防として、被告に対して右各表示の使用の差止めを求める請求は理由がある。
二 争点2(原告の被った損害)について
1 故意・過失の存否
前記認定の被告代表者の行為に照らせば、被告は、原告の営業表示の存在を知っていたもので、かつ、自己の商号の使用により原告の営業と自己の営業とを混同させるおそれがあることを知りながら右行為を行ったものと認められるから、被告には、右行為をなすにつき故意があったものと認められる。
2 信用毀損による損害について
前記のとおり、被告が自らの商号として「株式会社虎屋黒川」を登記した行為は不正競争防止法二条一項一号、二号所定の不正競争行為に該当するものであるが、被告の右行為は、原告と被告の営業の混同を生じさせるものではあっても、これをもって直ちに原告の信用を毀損するものとまではいえず、原告がこれによって具体的にその信用を毀損される損害を被ったことを直ちに認めるに足りる証拠もない。
また、被告代表者が原告代表者との親族関係があるものと誤信させるような行為を積極的に行った点についても、右行為によって直ちに法人である原告の社会的信用が毀損されたとまでは認められないし、また、右は、被告代表者が個人として行ったものと考えられ、被告法人の業務として行ったものとは認められない。
したがって、信用毀損を理由とする原告の損害賠償請求は理由がない。
3 弁護士費用について
本件における原告の請求の内容、本件事案の性質、本件訴訟の審理経過その他の事情を総合考慮すれば、被告の不正競争行為と相当因果関係あるものとして被告に負担させるべき弁護士費用としては、一〇〇万円をもって相当と認める。
三 以上によれば、原告の請求は、被告に対して、営業表示として「虎屋」及び「虎屋黒川」を使用することの差止め及び一〇〇万円の支払を求める限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 田中孝一)